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simpleA記

馬にふつまに 負ほせ持て

ヤマカンを信じるということ


皆さんは、ヤマカンを信じますかぁ?


ヤマカンの語源というのは、

武田信玄の参謀とされる山本勘助の略という説と、山師の勘の略とする説がある


http://gogen-allguide.com/ya/yamakan.html

らしい。語源由来辞典によると、山師説が有力らしいが、いつものごとく*1、そんなこと、どっちでもいいんです。


私が問題としたいのは、山本勘助とは誰なんじゃ?ってこと。みなさんは、山本勘助をご存知?


ご存知ない方は、こちらを読めば、30分くらいで概要がつかめるでしょう。
『山本勘助は実在したか?』
http://www.geocities.jp/zanyphenix/hero7.html


シンプルに説明しときますと、

甲陽軍鑑 (ちくま学芸文庫)

甲陽軍鑑 (ちくま学芸文庫)


という歴史本がありまして、その中で、「めっちゃすげー奴がいる」と書かれている「おっさん」が山本勘助なんです。ところが、いろいろ調べてみると、どーも、『甲陽軍鑑』っちゅう本は、いかがわしいかもしんなくて、ホントに山本勘助なんちゅう「おっさん」がいたんか、分からしまへん。その後、いろいろな史料を引っ張り出してきては、「ほーれ、コレ見てちょうだい。山本勘助はいたんや!」という奴もいれば、「何をすっとぼけたこと抜かしおるんじゃ。山本勘助なんぞ、でっちあげの人物じゃよ」という奴もいる。という状況です。


まぁ、そんな有閑階級の戯言は、余興としてはおもろいわけですが、いつものごとく、そんなこと、どっちでもいーんです。こっちは貧乏ヒマなし、忙しーんです。


どっちにしたって、私はヤマカンを信じます。ヤマカンこと山本勘助が実在し、最後に彼が

己の献策の失敗によって全軍崩壊の危機にある責に死を決意して、敵中に突入。奮戦して13騎を倒すが、遂に討ち取られた。・・・死を決意した勘助は僅かな家来と敵中に突入して獅子奮迅の働きをするが、家来たちは次々に討ち死にし、それでも勘助は満身創痍になりながらも大太刀を振るって戦い続けるが、[敵]に取り囲まれ、四方八方から槍を撃ち込まれ落馬したところを・・・首を取られ[た]


wikipedia:山本勘助

ということを信じてるんです。私の目には、「満身創痍になりながらも大太刀を振るって戦い続ける」姿が見えるんです。涙が出ちゃうんです。


そして、このヤマカンを信じるということについて、あの小林さんはこう申すんです。

信ずるってことは責任をとることです。僕は間違って信ずるかもしれませんよ。万人のごとく考えないんだからね、僕は。僕流に考えるんですから。もちろん僕は間違います。でも責任はとります。それが信ずることなんです。 


だから信ずるという力を失うと、人間は責任をとらなくなるんです。そうすると人間は、集団的になるんです。会がほしくなるんです。


CD2の2 「なぜ徒党を組むのか」より

ってなわけで、私が言うと変に聞こえっかもしんないけど、「会がほしくな」ったら、それは危険な信号なんです。「集団的にな」ってきたら、信ずるという力を失いかけてるんです。今年も残すところ、ごくわずか、なので、そこんとこをよーく考えたいなわけ。


結局何が言いたいのかって言うと、「小林さんはね、「信ずること」と「知ること」ってのは違うと言うわけ。何度も同じこと言って申しわけないんだけど、「知る」ってのは、既成の的の真ん中に(みんなで競って)矢を射ることであって、「信ずる」ってのは(自分だけの)的を後から書きゃいいもんね*2っちゅう態度のこと、そう小林さんも言ってるでしょ。今ね、あっちゃこっちゃで、知ることばっか追っかけてて、何を信ずるのか、ってのがおぼろになっとるよーな気がすんよ。もっと何かを信じてみよーよ。皆さん、あなたはヤマカンを信じますかぁ?」ってこと。

*1:http://d.hatena.ne.jp/simpleA/20081106

*2:http://d.hatena.ne.jp/simpleA/20080721、http://d.hatena.ne.jp/simpleA/20080808参照