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simpleA記

馬にふつまに 負ほせ持て

どうして逃げるのか、そして、どこへ向かってトウソウするのか (後半)

前半(http://d.hatena.ne.jp/simpleA/20110622)では、どうして人は(やっと手にした)自由からでさえ逃げ出そうとするのか*1、そして、それはどのような症状*2として現れるのか、ってのを、フロムおじさんをいじって、まとめてみたね。


念のため、超要約しとくと、

自由って意外にしんどいから、逃げたくなる。


逃げるは、すなわち、自由(何でも自分で決めて生きていくこと)を放棄して、他人に奴隷のように従うこと。他人を奴隷のようにしいたげること。両極端が、混在すんよ。


政府にいじわるなことされても、もっともっとぼくをいぢめて、とMっぽい一面を見せておきながら、弱っちょろいやつを見つけては、徹底的に攻撃しちゃうSを発揮する*3


それは、まるで、スネ夫だね*4。イヤなやつだねぇ

ってことだね。


じゃ、今日は、その諸悪の根源である「自由に伴う無力感」に対して、どのように闘いを挑むのか、って話をしましょ*5。なので、無力感なんてないよー、おれは全能だー、という人は、読んでも仕方ないよー。ただ、フロムの話は多岐に渡んので、全部を紹介してる場合じゃーないので、ちょっとかいつまんで、ところどころ処理しときましょ。


フロムの処方箋は、いたってシンプル。

(あーだこーだと、くだらん未来のことを考えてないで)いまここで、全身で現在を生きること

愛するということ

愛するということ


(↑変なタイトルだけど、「自由からの逃走」とセットで読めば、怪しくない内容よ)

ただそれだけ、なんだそーだ*6


ここで、ちょいと思い出してくださーい。


今年の一発目(http://d.hatena.ne.jp/simpleA/20110104)に、「浮世宣言」をして、好色一代男っちゅうエロ作品の意義について、ちょろ話をしたよね。そして、浮世宣言の2番目として、

この世ははかないからこそ、来世に目を向けるのではなく、今、この瞬間を大事にしろ

というものを掲げておいたんだけど、今年の前半が終わる今日のエントリで、やっと呼応したね。そうなの、私にとっちゃ、井原西鶴とフロムは、おんなじこと言ってるとしか見えないの。


つまり、何事も、一瞬一瞬が真剣勝負だっちゅうことだね。(http://d.hatena.ne.jp/simpleA/20100816


次に、フロムは、

なんの保証もないのに行動を起こすこと[が重要]であり、こちらが[動けば]きっと[どうにかなる]だろうという希望に、全面的に自分をゆだねることである

とも言ってるの。*7


具体的に言えば、前に、「スノードーム」っちゅう、こども向けの本を紹介したの覚えてる?(http://d.hatena.ne.jp/simpleA/20110124)時間があれば、も一度、読んでね。


物語の登場人物であるクリストファーに加えて、あのエントリで登場させたのは、私が頻繁に引っ張りだしてくる、小林秀雄と、コロンブスで、みんなよってたかって、「なんの保証もないものに対して、全面的に自分をゆだねること」を掲げてんの。


という意味で、私にとっちゃ、小林秀雄とコロンブスとフロムは、おんなじこと言ってるとしか見えないの。


そして、過去のエントリを見てもらえばわかるだろーけど、結構、私は「信じる」ってことにこだわってきたんだよーん。


「信じる」こと、それは、畢竟、自由に向かう闘いなの。


というわけで、結局何が言いたいのかっちゅうと、

ボクたち、物心ついたら、自由というところに放り込まれてたの。
そんで、得体のしれない無力感に吐き気を感じ、日々苦しむの。
そんな苦しみから抜け出すため、自由を捨てる暴挙に出る人、多いよ。


でも、そんなんじゃー、ダメだー。


よく考えてみよー。キミの無力感は、過去の失敗から来てんじゃーない。世の中、どんな奴だって、過去は、失敗だらけだ。そんでも、無力感を感じないやつがいるのは、そんな過去の亡霊に追いつかれないくらいのスピードで、今を走って、逃げ切ってるからじゃーないの。どうせ、逃げるなら、それは自由からじゃーなく、過去の失敗亡霊からだよね。


そして、今を突っ走ろうとすると、今度は、将来というあいまいな恐怖が待ち構える。


でも、どうなるか分からん将来なんかに気を取られちゃだめだ。
将来が不安かどうかなんか、今考えることじゃーないよ。
起こってから、「やった」とか「あーあ」とか考えるしかないわけ。(http://simplea.cc/doshisha20101208/html/025.html


そんなふーに、分からん将来は考えない。過ぎ去った過去は気にしない。残るは、「今」しかないじゃーん。しかも、もっともっと、短い、この「一瞬」しかないわけで、そこに集中すりゃええ、ってことだね。それが、みんなのすすめる「闘争」だ。


こーゆーよーなことを、フロムも、小林秀雄も、コロンブスも、井原西鶴も言ってるとしか、思えん*8

ってこと。



ちなみに、普段、こんなことを考えて生きてんので、こんなん暑苦しい歌が好きなの。

*1:自由ってのは、むかーしからあるもんじゃーなく、ぼくたちの祖先が、激しい戦闘の末に、必死に獲得したもんなんだよ

*2:神経症、権威主義、サディズム・マゾヒズム、赤ちゃんプレーなど

*3:おマエら、いったい、どっちなんやー

*4:えっ、前回って、そんな展開だったっけ?・・・たぶんw

*5:あいかわらず、アバウトな展開なので、鵜呑みしないよーに

*6:なんで、こんな結論になってるのかっちゅうと、今を生きると、人を愛せる、すると、人から愛されて、幸せな気分になって、無力感を感じなくなる、みたいな感じ。まぁ、あとは、自分で読んで、実践して、確かめて

*7:なんで、こんな結論になってるのかっちゅうと、人から愛されて、幸せな気分になって、無力感を感じなくなる、って言うんだけど、まずは、こっちが愛さないといけないわけさ。その一歩は、何の保証もないじゃんかーってことらしー。まぁ、あとは、自分で読んで、実践して、確かめて

*8:そして、マルクスも「資本論」の中で、同じこと言ってたよ。って、みんな、あんまし、オリジナリティがねーじゃねーか!